シューマンの日♪

今日は誰のお誕生日?
06 /08 2010
今日6月8日はシューマンのお誕生日でした!
1810年に生まれたシューマンは今日満200歳を迎えたことになります

このホームページではコラムなどで既にシューマンのことは
色々と書いていますので改めて何を書いたらいいか迷いますが…

今日はシューマンが大切な人の誕生日へあげたプレゼント、
あるいはシューマンが大切な人から誕生日にもらったプレゼントについて
ご紹介したいと思います

シューマンとクララはおそらく音楽史上もっとも有名な
おしどり夫婦だと思いますが、
さすがは音楽家夫婦、プレゼントも音楽的です。

シューマンとクララは1840年に結婚しますが、
二人が結婚式を挙げたのは9月12日。
クララの誕生日が9月13日でしたのでその前日です。
つまり、クララは21歳の誕生日を新婚一日目で迎えたことになります

その記念すべき朝にシューマンが妻へプレゼントしたのが一冊のノート。
「花嫁の本」と題された美しいノートブックです

中には押し花や詩、そしてシューマンが作曲した作品の断片のスケッチが入っています。
この本は現在ツヴィッカウのシューマンハウスに保管されており、
事前に予約すれば手にとって見ることができます。

「フモレスケ」や「花の曲」の元となったスケッチが書き込まれ、
シューマンが手ずから押し花にしたのであろう花を見るのは感激でした
クララも夫からのこのプレゼントを喜んだに違いありません。

時はたち、やがて父親となったシューマンが娘のために書いたのが
「子どものためのアルバム」。
この中の数曲は長女マリーの誕生日のために書かれたといいます。
「子どものためのアルバム」は確かにシューマンの父親としての温かさを感じる曲集です。
父親になったシューマンは他にも「マリーとパパの歌」、「子どもの舞踏会」、
「子どものための歌のアルバム」など子どものための作品をたくさん書いており、
子煩悩な一面を知ることができます

お次はシューマンがもらったプレゼント。
1853年6月8日、シューマン43歳の誕生日にクララは
「シューマンの主題にのよる変奏曲」をプレゼントします。
夫の作ったメロディーを元に妻が変奏曲を作る、
まさに音楽家同士でなければできないことです

それにこの曲、なかなかいいんです。
クララの奥さんとしての愛情の深さ、
二人がこれまで歩んできた道のりなどがしみじみ感じられる曲です。
この年が、二人が一緒に過ごすことのできたシューマンの最後の誕生日なってしまうのですが…。

この曲は6月13日のレクチャーコンサートでも演奏しますので
是非実際に聴いてくださいね♪

チェルニーの日♪

今日は誰のお誕生日?
02 /21 2010
今日2月21日はカール・チェルニー(1791~1857)のお誕生日。
時代で言うとベートーヴェンとショパンの中間くらいに位置する人です。
ピアノを習う人は間違いなく彼の作品を通過したはず。
そしておそらく彼を恨めしく思ったはずです(笑)。
というのも、チェルニーはなんといってもピアノの練習曲を大量に作った人として有名で、
たいていみんな練習曲は嫌いだからです(私もキライ)。
彼の書いた練習曲はwikipediaに載っていたものだけでもこれだけあります。↓
•100番練習曲 Op.139
•110番練習曲 Op.453
•24番練習曲 Op.636
•第一過程練習曲 Op.599
•技法の練習曲(30番練習曲) Op.849
•熟練の手引き(40番練習曲) Op.299
•指使いの技法(50番練習曲) Op.740
•ヴィルトゥオーゾの手引き(60番練習曲) Op.365
•左手のための24の練習曲 Op.718
•小さな手のための25の練習曲 Op.748
•新グラドゥス・アド・パルナッスム Op.822

単純に足し算しただけでも練習曲だけで500曲以上書いたことになります。
恐るべき練習曲フェチ
そして今はほとんど演奏されることがありませんが、
ピアノソナタや協奏曲もけっこうたくさん書いています
かなりの多作です。
しかし、これは何もチェルニーに限ったことではなく、
この時代のピアニストや作曲家には顕著な傾向でした。

それまでは宮廷などごく限られた場所にしか楽器や音楽を楽しむ場がなかったのですが、
この時代になると市民階級にピアノが普及し、ピアノを習う子女が増えました。
それと同時にピアノという楽器自体もどんどん改良されて表現の幅が広がり、
ピアニストたちは超絶技巧を競い合うようになります。
このような背景があって、練習曲などの教則本の需要が増えました。
また、自分の技巧を見せつけるためにピアニストたちは自ら技巧的なピアノ曲を書きまくり、
それを演奏しまくりました。
この時代にはそういったピアニスト兼作曲家が無数にいましたが、
彼らの名は今日ほとんど残っていません。
チェルニーの場合は、彼の書いた練習曲が実用的で今でも価値を持っているため、
名前が残っているのでしょう。

それだけたくさんの練習曲を書いたことでも分かるように、
チェルニーは彼自身が優秀なピアニストであり、ピアノ教師でした。
ベートーヴェンに9歳に入門し、ピアノ演奏の基礎から叩き直されたそうです。
無類の気難し屋で癇癪持ちのベートーヴェンを前にしてチェルニー少年はさぞかしおっかなかったことでしょう
そんな師とどうやって長年やっていけたのか教えてほしいくらいですが、
きっと器用で勤勉な性格だったに違いありません。
後にベートーヴェンから高く評価され、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」のウィーン初演を任されています。

そしてピアノ教師としては、リストやレシュティツキーを育てました。
そのリストやレシュティツキーの弟子や孫弟子にはバックハウス、モシュコフスキー、
ペルルミュテール、シュナーベル、パデレフスキーなど錚々たるメンツが並びますから、
今もピアニストたちの系譜をたどっていけばけっこうな率でチェルニーに行きあたるかもしれません。

最近、大学の教授から「チェルニー50番はテクニックの勉強としては最高、今でも学生には必ず弾かせる」
という話を聞いて、小学生以来チェルニーなんて楽譜すら触ったことのない私はギクリとしました

彼のお誕生日を記念して、弾いてみようかなぁ。。。

モーツァルトの日♪

今日は誰のお誕生日?
01 /27 2010
今年からブログに新しく「今日は誰のお誕生日?」というカテゴリーを追加しました。
いろんな作曲家をその誕生日に紹介するコーナーです。
記念すべき第1回目はモーツァルト
今日1月27日はモーツァルトの誕生日です。みずがめ座ということになりますね(笑)

モーツァルト(1756~1791)のフルネームはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
アマデウスAmadeusとは「神に愛されし者」という意味ですが、
この名前が彼の特質そのものをよく表していますね。
天才だらけの作曲家の中でもモーツァルトの天才ぶりは最大級、ザ・天才の代表格です
そもそもモーツァルトの洗礼名はアマデウスではなくテオフィルスTheophilus でしたが、
当時はイタリアの音楽家がもてはやされていたため、
「テオフィルス」よりもラテン語で意訳した「アマデウス」を通称として使用していたらしいです。
その他にもドイツ語風のゴットリープGottliebという名前を使っていたそうです。
いずれにしても全て意味は同じ、「神に愛されし者」です。

古典派の作曲家としてモーツァルトとよく並び称されるのはベートーヴェンでしょうが、
この二人は真反対の作曲家だったように思います。
以前先生に「どんな小さな部分も意思的に弾かないとベートーヴェンの音楽にならない、
どんな小さな部分も意思的に弾いてしまってはモーツァルトの音楽にならない」
と言われたことがあります。
強固な意志による挑戦と変革の繰り返しによって高みに上りつめたベートーヴェンの音楽が
人間の偉大さを強く感じさせてくれるのに対して、
モーツァルトはあくまで天衣無縫でさりげないのに、
生きていること自体の美しさや哀しさがふと湧き上がってくるような、そんな音楽だと感じます。
ベートーヴェンの作品を演奏するのも本当に大変ですが、モーツァルトも本当に難しいです

今日注目したいのはモーツァルトの「最初の作品」
モーツァルトの作品にはケッヘル番号(K.)という作品が付けられて
作曲年代順に整理されていますが、K.1の作品というのが残っています。
1761年、つまりモーツァルト5~6歳の時の作品です。
全部で6曲あります。
どれもとても短くてシンプルですが、軽快でどことなく明るい品があります。
やはりタダモノじゃありません
当たり前ですが、自分が6歳頃に作った「インディアンの踊り」というキテレツな曲とは
月とスッポン、薔薇とペンペン草以上の差です(笑)
恥ずかしい

次回はどんな作曲家を取り上げようかなぁ。
お楽しみに~

yukarigoto

ピアニスト後藤友香理のブログです。
音楽のこと、好きなもののこと、いろいろ書いていこうと思います!

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