サン=サーンス「死の舞踏」

今日の1曲
06 /22 2015
来月11日のピアノデュオのコンサートでは、芸大の後輩にあたる恩田佳奈さん
と一緒にサン=サーンスの「死の舞踏」を演奏します。

当日のプログラムノートの締め切りが昨日までだったことに気づき、
今日慌てて解説を書きました

死神の弾くヴァイオリンに合わせて骸骨が踊る ―― そんな不気味な情景を描いた
この曲は、フランスの詩人アンリ・カザリスの詩に霊感を得て作曲されました。
墓地に響きわたる12時の鐘、死神が奏でる不協和音、
カタカタとぎこちないワルツを踊る骸骨、そして暁を告げる雄鶏の鳴き声…
詩の中で表現された奇怪で幻想的な世界が、まるで悪夢を見ているように
まざまざと音楽で描写されています。

「死の舞踏」とは絵画や音楽で繰り返し用いられてきた主題であり、
14世紀ごろの人口の3割とも5割ともいわれる人々が次々と命を落としていったペストが
その背景にあるとされています。
どんな人間も死の前には無力なのだという死生観がそこには込められているのです。
ペストの大流行から400年あまり経って作曲されたこの曲からも、
死の持つ圧倒的な存在感がダイナミックに表現されています。

…とこのようなことを書いたわけですが(ちょっとフライングしてこちらに載せてしまいます)、
今回調べてみるまで「死の舞踏」が美術のテーマとしても使用されていたことは知りませんでした。
ホルバインをはじめ、たくさんの画家がこの主題で作品を描いているようです。

恐怖以外の何者でもないはずの「死」を音楽や美術のテーマとして使用しているのはなぜでしょう。
もちろん「死」を忘れないため…などの教訓的な目的もあるのかもしれないですが、
少なくともサン=サーンスのこの曲を聴いて感じる第一印象は「かっこいい!!」のひとことです
フィギュアスケートのキム・ヨナ選手がこの曲を使って滑っていることは
前もこのブログで触れましたが、彼女のプログラムを見ていても、
かっこよさや胸のすくような爽快感を感じます。

「死の舞踏」が音楽や美術の分野で取り上げられるのは、ペストの流行から
100年以上も経ってからだそうで、さすがに当時の混乱の真っただ中にあっては
それを芸術として昇華させるという発想は生まれなかったのだろうと思います。
でも案外、人は自分と離れたところにある恐怖や、圧倒的な存在感を持つ悪に対しては
陶酔を感じたりするのかもしれません。
ドラマや小説のダークヒーローにちょっと憧れたり、
歌舞伎の悪役になんともいえない魅力を感じてしまったりするのもそのせいかも・・・と
思ったりします。
もちろんあくまで「自分に直接被害が及ばない」という大前提があってこそ
成り立つ感情ですけどね(笑)

サン=サーンスの「死の舞踏」では、恩田さんの弾く1stのパートに
高速のオクターヴで旋律をずーっと弾かないといけない箇所があります。
「ピアニストまで死なせるつもりか」と思うのですが、恩田さんは涼しい顔をして
弾きこなしてしまうので、個人的には「かっこいい」といつもキュンと
しています(笑) 
必見です、ぜひ本番聴きにいらしてくださいね

Sarah Feigin: Fantasia for Clarinet and Piano

今日の1曲
12 /17 2014
もう終わってしまった演奏会になりますが…
8日に宗次ホールで演奏したプログラムのテーマは、
「作曲家と女性たち」でした。

音大は、女子大か!と思うほど女子率が高かったし
社会で活躍している女性アーティストはたくさんいるのに、
なぜか作曲家は男性が多い。
昔々、学校の音楽室に飾られていた大作曲家たちの
肖像画も思い返してみれば全員男性です。

でも、それでは女性は作曲に向かないのか、
音楽史に女性は不要なのかというと
決してそうではなかったはずです。
そこには音楽家として女性が大成しにくい社会的要因があったのかもしれないし、
今では忘れ去られてしまっているけれど、素敵な曲を作曲していた女性作曲家だっています。
それに、作曲という作業に直接関わることはなくても、
妻や友人、家族という立場から男性作曲家に大きな影響を及ぼした女性たちもいます。
そんな女性たちの姿を通して色々な名曲を捉え直そうというのが
今回のコンサートのねらいでした。

ということで、シューマンやメンデルスゾーン、
リストといった作曲家たちの曲を演奏しながら、
その中にクララ・シューマン(シューマンの奥さん)や
ファニー・メンデルスゾーン(メンデルスゾーンのお姉ちゃん)の
曲もご紹介しました。
そしてコンサートの最後に演奏したのは、
Sarah Feiginという女性作曲家の作品でした。

今まで名前も聞いたことのない作曲家です。
調べてみると、つい数年前亡くなったイスラエルの女性作曲家だそうです。
第一、名前の呼び方もよくわからない。
宗次でのコンサートではとりあえず「フェイギン」と呼びましたが、
もしかたらフェイジンかもしれないし、ドイツ語読みしたらファイギンになるのかな…。

一般的な知名度はかなり低い作曲家だと思うのですが
クラリネットの外国のCDに収録されていた曲で、
なんとなく中近東っぽい?雰囲気のおもしろい作品だったのと、
今回のテーマにぴったりな女性作曲家ということで演奏することにしました。

…と曲を決めたところで、さあ楽譜を入手!と思ったのですが
ここからが大変でした。
どの楽譜屋さんに問い合わせても楽譜がないのです。
詳しく調べてもらうと、そもそも出版されたという記録がないので
直接作曲者に掛け合って楽譜を入手してくださいとのこと。
だから、作曲者はちょっと前に亡くなってるんだってば!!

しかしここで諦めるわけにはいかない。
CDで演奏していたクラリネット奏者の名前を調べてみたら
その人のホームページが出てきました(イタリア人の方です)。
ダメ元でその人に、こういう理由であの曲を演奏したいから
楽譜をどうやって手に入れたのか教えてほしい、とメールしたら
なんとすぐにお返事をくれました。
イスラエル人作曲家の作品を集めたサイトがあるので、そこから注文できるとのこと。
なんと!! さっそく注文、入金しました。
しかし、その後何週間待っても楽譜が届かない。
ちょうどガザ地区の空爆のニュースがさかんに流れている頃で、
私の楽譜も空爆されてしまったのだろうか、
はたまた今現地はそんな楽譜の配送なんて悠長なことをやってる場合ではないのだろうか、
そもそも私が入金したお金はちゃんと先方に届いているのだろうか、
などなど様々な思いが胸に去来しましたが(←大げさ)、
かなり待った後、無事イスラエルから楽譜が送られてきました。

その時の私の気持ちはまさに「世界は狭くなったな~」でした。
日本のどこかに住んでいる私が、イタリア人の演奏を聴いて、
その人と直接連絡を取って、イスラエルから直接楽譜を
送ってもらう。
少し前までは考えられなかったことです。
中国から日本に帰ろうとしても船が難破したりして
結局帰れなかった阿倍仲麻呂と比べると
えらい違いです(たとえがややおかしいですが

で、フェイギンの肝心の曲ですが
ファンタジア=幻想曲という名の通り、2つの対照的な曲想が入れ替わりに
登場する自由な形式の作品です。
最初のゆっくりなテーマは物悲しく、はるか遠い地を思わせるような曲想、
2つ目の速いテンポの部分はリズミックでノリのいい曲想なのですが、
どちらもどことなく、イスラムっぽい雰囲気があります。
そもそもイスラエルがイスラムかといえば決してそうではないと思うので
そのへんのことに疎い私の漠然とした印象に過ぎないのですが、
トルコとかアラブのようなオリエンタルでミステリアスな香りがあります。
演奏時間は6分ほどで、聴きなれない曲を聴いていただくのには
ちょうど良い長さかもしれません。

プログラム前半に弾いてきたドイツ・ロマン派の作品たちとは
あまりに違う曲想なので、浮いてしまったどうしよう…と
内心ドキドキしながら演奏しましたが、
予想に反して「あの曲が一番よかった!」と言ってくださった
お客様が多くて、(やや複雑ですが…笑)嬉しかったです。

少し前まではかなりレアな存在だった女性作曲家ですが、
現代では魅力的な作品がたくさんあるんですね!
せっかくイスラエルから入手した貴重な楽譜ですので、
まだどこかで演奏したいと思います


シューマン=リスト 「献呈」

今日の1曲
09 /11 2013
9月に入って少しは過ごしやすくなりましたかね

先日、友達の結婚式がありました。
とっても幸せそうで、こちらまで幸せをおすそ分けしてもらいました
その披露宴で、友人のために弾いてきたのが今日の1曲、
シューマン作曲、リストが編曲した「献呈」です。

この曲は『ミルテの花』という歌曲集の中の第1曲にあたります。
『ミルテの花』はシューマンの最も幸せな時期に作曲されました。
恋人のクララとやっと結婚できるその年に書かれ、
結婚の前日にクララへプレゼントされました。
なんて素敵な贈り物

「ミルテ」は日本語だと「ギンバイカ」と言い白い花を咲かせるそうですが、
花嫁の装飾に使われ純潔を表すそうです。

「献呈」の歌詞はこんな感じ↓

【歌詞大意】
あなたは私の魂 私の心
あなたは私の喜び ああ 私の悲しみ
あなたは私の世界 そこで私は生きている
あなたは私の空 私はそこで漂い流れる
ああ あなたは私のお墓 その中に私の悲しみを永遠に埋めよう!

あなたは憩い あなたは安らぎ
あなたは天から私に授けられた
あなたが私を愛すると 私の価値が高まる
あなたの瞳は私を喜び輝かせる
あなたが私を愛すると 私は高まる
私のよき魂 私のより良き「私」に!

結婚式にはぴったりですね。
本来は歌のための曲なのですが、ピアノソロ版にリストが編曲しました。
こんな素敵な曲をピアノソロでも楽しめるなんて、編曲してくれたリストは
本当にグッジョブだと思います(笑)

愛を得た喜び、愛することの不思議さ、愛することで初めて知る哀しみ…
なんで音楽でこれほど表現できるのかとても不思議です。
シューマンの音楽には、聴く人の個人的な気持ちに寄り添うような性質があると
思っていますが、この曲もまさにそうです。

今年はまだ数人、友人が結婚する予定なので
この曲でお祝いできたらいいな、と思っています 

ベートーヴェン:ソナタ第14番作品27-2 「月光」

今日の1曲
10 /18 2012
9月のレクチャーコンサートでこの曲を取り上げた時にも
同じようなことをお話させていただきましたが、
来月のMusicTwigのコンサートでも同じ曲を演奏させていただきますので、
あらためて今日はベートーヴェンの「月光」についてお話ししたいと思います

この曲はベートーヴェンのソナタの中でも最もポピュラーな作品の一つですが、
「月光」という副題が実はベートーヴェンが付けたものではないことは
今では広く知られるところです。
この呼び名は、詩人のレルシュタープが第1楽章について
「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」とコメントしたことによります
確かにこの楽章はほの暗くて月光を思わせるところがありますが、
ベートーヴェンが実際にこのソナタに対して付けた副題は「幻想曲風ソナタ」です。
ではこの曲のどこが「幻想曲風」なのでしょうか

「幻想曲」=「ファンタジア」はルネサンス時代から近現代に至るまで
多くの作曲家が取り上げたジャンルです。
15世紀までにはヨーロッパの主な言語圏では「想像力」、「気まぐれな」という
一般的な意味で、ギリシャ語の「ファンタシア」の派生語が
広く使用されるようになっていました。
そして次第にこの言葉は、音楽に対しても使用されるようになります。
即興演奏のことを「ファンタジア演奏」と呼んだり、
自分の中に湧き出たあらゆる創造的ひらめきを駆使する自由な曲に対して
「幻想曲」という表題が与えられるようになりました

当時のソナタ形式は、
ソナタ形式で快活な第1楽章
ゆっくりな2楽章
速い3楽章、という急緩急の3楽章形式、
もしくは急、緩、メヌエット(あるいはスケルツォ)、急の4楽章形式が通例で、
一般的に1楽章に最も重きが置かれていました。

ですがこのソナタでは、
ソナタ形式で書かれていないゆっくりとした第1楽章、
2楽章がスケルツォ、
そして3楽章がソナタ形式で速いテンポになっています。
つまり楽章を追うごとにテンポが速くなり、終楽章に一番重きが置かれる構成となっています。
また、初めて意識的にペダルの使用を明記したり、
終楽章にカデンツァ風の終結部を置くなど様々なアイディアを聴くことができます。
つまり、自由な形式、自由な発想こそが
ベートーヴェンにとっての「幻想曲風」だったのでしょう

作家のロマン・ロランはこの作品について、
「二つの廃墟(1楽章と3楽章)の間に咲く一輪の花(第2楽章)」と言ったそうです

リスト:愛の夢

今日の1曲
05 /28 2012
6月の演奏会のテーマは「東欧」、特にハンガリーとチェコですが、
この中で圧倒的に有名な作曲家はなんといってもリストでしょう
演奏会ではリストの、これまた超有名な曲、「愛の夢」を演奏します。

フィギュアスケートの音楽として使われたり、
CM曲で使われたりよく耳にする「愛の夢」ですが、
正式には「愛の夢~3つのノクターン~より第3番」というタイトルになります。
ということは、第1番と第2番もあるということですね

しかも、この曲集は、もともとソプラノのための独唱歌曲として
書かれた作品を、リスト本人がピアノ用に編曲したものなのです。
編曲といっても、歌曲をそのままピアノに移し替えているわけではないので、
作品の持つ雰囲気も歌曲版とはいくぶん異なります。
ですが、歌曲にもともと付いている歌詞の意味を知ることも
曲の理解の一端につながりそうですので、今日は「愛の夢」に
込められた詩の世界をご紹介します

まず第1番。ウーラントという詩人の「高貴な愛」という詩に
基づいて歌曲が作曲されています。

「高貴な愛」

愛の腕の中にお前たちは安らぎ酔いしれて
人生の果実がお前たちを差し招いている
ただひとつの眼差しだけだ 私の上に注がれるのは
けれど私はお前たちの誰よりも豊かなのだ

地上の幸福など私は喜んで捨てよう
そして眼差しを、ひとりの殉教者として、上に向ける
なぜなら私の上では金色に輝く彼方に
天国が今や開かれたのだから


ここで歌われている愛は男女の愛ではなく宗教的な愛のようですね。
確かに聴いてみると第1番は高貴で天国的な雰囲気を持っています。

続いて第2番。
これも1番と同じくウーラントの「私は死んでしまった」という詩に基づいています。

「私は死んでしまった」

私は死んでしまった、愛の恍惚のあまりに…。
   私は葬られた、あのひとの腕のなかで…。
   私は目覚めた、あの人の口づけによって…。
   私は天国を見た、あのひとの眼の中に…。
              眼の中に、眼の中に…。


今回初めて、「愛の夢」について勉強するにあたって
第2番を聴いてみたのですが、私この曲好きです 
もちろん有名な第3番に比べればずいぶん地味なのですが
(そして私はもともと地味な曲好きという傾向があるのですが)、
心の奥深くに内省していくような曲です。
この詩の言う「愛」が宗教的なものなのかそうではないのかは分かりませんが、
とにかく身も心も恍惚とした、静かな中に高まりを感じる曲です。

この曲、今度弾いてみよう。。

そして第3番。フライリヒラートという詩人の詩がついています。

「おお、愛しうる限り愛せ」

おお愛せよ,あなたが愛しうる限り!
おお愛せよ,あなたが望むだけ!
その時は来るのだ,その時は来るのだ
あなたが墓の前で悲しむ時が!

そして心せよ,あなたの心が燃え立ち
愛をいつくしみ,愛を担うことを
あなたの心に対して他人の心が
愛によって暖かく脈打つ限り!

そしてあなたに胸を開く人のために
できうる限り、優しくあれ!
そしてその人のすべての時を喜びで満たし
いかなる時も悲しませてはならない

そして気を付けるのです
あなたの舌から心無い一言が滑り出てしまわないように
ああ神様、そんなつもりではなかったのと言っても
その人は泣きながら去って行ってしまうだろう


3つの中で一番能動的な愛の詩ですね
旋律も3曲の中で一番躍動感があって華やかです。
3曲の中でこの曲だけ有名になった一因でしょう。

最後の「気を付けるのです…」からの部分はちょっぴり説教っぽくて、
初めに読んだとき「ガーン…確かに…。気を付けよう…」と
なんだか一人で落ち込んでしまいましたが(笑)、
大きな愛を謳った素敵な詩です。

愛は減るものではなく、使えば使うだけ溢れ出てくるもの。
家族であれ、友人であれ、恋人であれ、
宗教であれ、仕事であれ、
せっかくこの世で自分と関わる巡りあわせとなった人や物事に、
できる限り大きな愛でもって対峙していくことが大切なんですね

当日は自分なりの「愛の夢」を演奏したいと思います

yukarigoto

ピアニスト後藤友香理のブログです。
音楽のこと、好きなもののこと、いろいろ書いていこうと思います!

オフィシャルサイト
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